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ホッブズ
01概要カード
自然状態を「万人の万人に対する闘争」と描き、安全と引き換えの服従を説いた17世紀の哲学者である。
トマス・ホッブズ(1588〜1679年)は、イングランド内戦の時代に『リヴァイアサン』(1651年)を著した哲学者である。共通の権力がない「自然状態」では、人々は互いに恐れ合い、「万人の万人に対する闘争」に陥る。
そこから抜け出すために人々は契約を結び、安全と引き換えに強い主権者への服従を引き受ける、というのがホッブズの構想である。支配の根拠を同意に求めた点で社会契約論の出発点の1人とされ、その強い主権論は今も賛否を呼び続けている。
このページのポイント
- 自然状態は「万人の万人に対する闘争」であり、主因は性格より不安と不信である
- 安全と引き換えに権利を主権者へ譲る契約が、国家への服従を正当化する
- 主権者への抵抗は原則認められず、歯止めの弱さが批判の的であり続けた
タグ: リヴァイアサン / 自然状態 / 社会契約 / 主権
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02対話編:ヒロシとミカ
(学食。昼時で席が埋まり、ヒロシがトレイを持って立ち往生している)










03データ編
生涯と著作
トマス・ホッブズ(1588〜1679年)は、イングランドのマームズベリーに生まれた哲学者である。オックスフォード大学を卒業後、貴族キャヴェンディッシュ家の家庭教師として長く仕え、ヨーロッパ各地への随行を通じて当時の知識人とも交流した。
イングランド内戦(1642〜1651年)の動乱の中ではパリに亡命し、亡命中の王太子(後のチャールズ2世)の教師も務めた。
政治論の主著『リヴァイアサン』は1651年に刊行され、その唯物論的な人間観と絶対的な主権論は、当時から大きな論争を呼んだ。
1666年には、無神論を非難する法案の審議の中で『リヴァイアサン』が調査対象になり、ホッブズは告発を恐れて自分の原稿の一部を焼いたと伝えられる。
1683年にはオックスフォード大学の決議で、『リヴァイアサン』と『市民論』が有害な書物として焼却された。
自然状態:「万人の万人に対する闘争」
ホッブズは、国家という共通の権力が存在しない「自然状態」では、戦争状態が生じると論じた。その前提にあるのは、人々の能力のおおよその平等である。力や知恵に大差がないからこそ、誰もが互いに脅威になりうる。
ホッブズが争いの原因として挙げたのは、競争、不信、名誉欲の3つである。
この状態では産業も文化も成り立たず、人の生は『リヴァイアサン』第13章の有名な描写では、孤独で、貧しく、忌まわしく、粗野で、短いものになる。重要なのは、この戦争状態が常に戦闘の最中である必要はないという点である。
相手がいつ襲うか分からないという不安そのものが、平和を奪うとされた。
| 争いの原因 | どう働くか |
|---|---|
| 競争 | 同じものを欲しがり、利益を求めて奪い合う |
| 不信 | 相手の先制攻撃を恐れ、自衛のために先回りして攻撃する |
| 名誉欲 | 評判を守るために、ささいな侮辱にも報復する |
社会契約と主権者リヴァイアサン
この状態から抜け出す方法としてホッブズが描いたのが、人々が互いに契約を結び、自分たちの権利を1人の人間または合議体である「主権者」に譲り渡すという構想である。主権者は旧約聖書に登場する海の怪物になぞらえて「リヴァイアサン」と呼ばれる。
ホッブズの設計では、契約は人々の間で結ばれるもので、主権者自身は契約の当事者ではない。そのため主権者が契約に違反するという事態は成り立たず、臣民の抵抗は原則として認められない。ただし例外もある。
自分の生命を守る権利は譲り渡せないものとされ、主権者が自分の命を奪おうとする場合の自衛や、主権者がもはや身を守れなくなった場合の服従の終了は、ホッブズ自身も認めている。
批判と影響
ホッブズの主権論は、王権を正当化する議論としてだけ読まれてきたわけではない。支配の根拠を神の命令や生まれではなく、人々の同意と安全の確保に置いた点で、近代の社会契約論の出発点の1つとされる。
後にロックは、同じ契約の発想から、権力への抵抗を認める正反対に近い結論を引き出した。
一方で、主権者への歯止めが弱いことは、ホッブズ自身の時代から批判の的であり続けた。自然状態の描写が人類学的な事実として正しいのかという批判や、恐怖による服従を正当化の中心に置くことへの批判も根強い。
なおホッブズは同一性の古典的な問題である「テセウスの船」に、古い部品で組み直した船という追加問題を提示したことでも知られ、『物体論』(1655年)でこの拡張を論じている。
04AI分析
意見が分かれる分岐点
分かれ目は、争いの出所をどこに見るかである。人の性格の悪さに求めれば道徳教育が答えになるが、守る仕組みの欠如に求めれば、不安を取り除く強い共通権力という答えになる。
ホッブズの議論は後者の読みで成り立っており、その代償として、権力そのものへの歯止めは弱くなる。
前提の違い
- 人は能力においておおよそ平等で、だからこそ互いに脅威になりうると見るか
- 争いの主因は性格ではなく、守る仕組みがないことによる不安だと考えるか
- 安全のためなら、権力への抵抗を原則として手放すことを引き受けられるか
現代への接続
- 国際関係に中央政府がない状態を「自然状態」になぞらえる議論は、国際政治学で今も参照される
- 利用規約やプラットフォームの統治を、社会契約の比喩で考える際の強い主権型の原型になる
- 非常時にどこまで強い権限を認めるかという議論は、主権の強さと抵抗の限界というホッブズの論点につながる
- 安全への不安が支持を集める政治現象を、安全と自由の引き換えという枠組みで読む手がかりになる
※ AI分析は事実の整理と解釈の提示であり、特定の立場への断定ではありません。
05出典・参考文献
- トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』(1651年)
- トマス・ホッブズ『市民論』(1642年)
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Hobbes”
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Hobbes's Moral and Political Philosophy”
書籍リンクは収益ゾーンとしてこの出典セクションに置く方針(試作では実際のリンクは入れていません)。